2011年1月2日日曜日
ライフスタイルについて考える
以前は60歳を超えたら、山に捨てられたんだ。
オレは90歳を超えて、ここにいる。
動きも取れず、床ずれの治療を受けてここに入院している。
でも、オレはここにいてやってもらうことがいいこととは思えないんだ。
ここにいることはわかっている。
だけど、この場所以外はわからない。
足がよければ、歩けるけどもそれもできない。
オレのだれそれは棚に首かけて自殺したんだ。
体がきくならば、自分で自殺することもできるだろうが、それもできない。
足がきけば、川に飛び込むことができて、それで誰の迷惑にもならないけど、それもできない。
ここで床ずれの治療は痛いし、体を動かすと痛いし。
いままで好き勝手に生きてきたけど
こんな最後になるなんて
みじめでならない。
先生、あなたなら、薬を一粒オレにだすことができるだろう?
それで楽にしてくれないか?
僕ら医療者はこのような苦悩を持つ人に対して何ができる?
オランダでは安楽死を行うことができる。
日本では、もちろんそれはできない。
日本は確かに、平均寿命も世界一です。
衛生管理もよく、物資も豊富にあり、暴力などもあまりなく
医療も海外と比べると安価でそのために長生きできるようになってきた。
じゃあ、長く生きて、そしてどうする?
長生きすることだけが目的ではいけない気がする。
長生きしたら、どんなよい人生が待っているのだろうか?
行政は医療費を下げようとする。
所得もない年金暮らしの高齢者からも医療、介護の負担をとる。
長生きすれば、病気にもなり、人の世話にもなるようになるだろう。
そのどんな人生を送るか。それすなわち、生きがいですよね。
長寿の方がどんな生きがいを見つけられるか。
そして、医療、介護に従事している人は、そのことも含めてサービスしなければとも思うのです。
ただ、長生きだけして、そして、病気の治療のみでは
冒頭の魂の叫びを、日本中の病院、診療所、施設で生み出しているにすぎない。
私たちの社会はここ数十年で大きく変化した。
それならば、人々の価値観もそれに合わせて変化させていかなければ、
どこかでひずみを生んでしまうのではないか。
「長く生きてください。それを手助けしていきます。
そして、そうすることで私たちにも得るものがあります。
そして、そうやっていても社会は得るものがあり、成り立っていきます。」
行政には、そんな社会システムを持つ国づくりをしてほしい。
そんなシステムの中で私たちのような現場の人間は、長寿の人が生きていてよかったと思えるような支援をしていければいいなと思う。
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