2010年6月25日金曜日

僕にできることは

 医師となって2年目だったと思う。
 
 担当となったその日に彼女は急変し、その後はあまり会話もできないようになってしまった。
 彼女自身の病状は今まで担当になった医師たちのカルテを読んで熟知していた。
 彼女はがんの末期。化学療法も何度かしたが最初の薬だとほとんど効いていなかったようで、抗がん剤の副作用にも苦しめられたにもかかわらず、がんは非常にも進行していった。
 今度の新しい薬ではがんに対して奏功したのだが。
 確かに、効果があったとしても劇的に治り、また運動したり、1人で買い物になど行けるようになれるとは医師たちは思っていなかった。そんな状態だった。
 がんはすでに腹腔内に転移しており(播種)、腹水がたまっている状態であった。それでも新しい薬のあとは、腫瘍の大きさも小さくなり、腹水も少なくなっていた。
 容体が悪くなったその日は、以前より指摘のあった両下肢にある血栓(血の塊)が肺に飛ばないように(肺に流れていくと、肺の血管を詰まらせて呼吸ができなくなる)下大静脈フィルターをいれた後の出来事だった。そして、彼女の心臓の左心室内にも大きな血栓があった。

 病状が悪化してから、彼女とその姉夫婦との対話が始まった。僕はカルテに書かれている以外の彼女の苦しみをその姉夫婦から知ることとなる。
 そう彼女の苦しみは病気だけではなかった。
 だんなさんとの不和。それも深刻な関係であった。長年の思いが、最後に出てきていた。当初、だんなさんへ病状は伝えられず、面会もしないような状況になっていた。
 子供のいなかった彼女は、犬を飼っておりわが子のように愛していたそうである。
 夫に預けられないため、彼女の大事なペットの犬は姉夫婦の宅に預けられていた。
 
 おそらく、全身状態が悪いことと大小さまざまな血栓が脳へとび脳梗塞を起こしたため、会話をはじめ食事もできなくなってきていた。
 それでも、僕が病室へ行くとかすかに微笑んでみせた。今日はいい天気であること、窓の外からは丹沢山や大山が見えていることを伝えると、少し体を浮かせるような動作をして自分も見たい様子であった。
 
 彼女の希望は旦那さんのいる自宅ではなく、愛犬もいる姉夫婦のもとに外泊することだった。点滴は抜けないので、自宅でみてくれる看護師さんの派遣サービスを手配した。また都内への移動となるためそういったベットの付いている介護タクシーを予約した。看護師へはどんなケアが必要になるか打ち合わせを行った。彼女は本当に楽しみにしていたと思う。
 
 しかし、前日それまで面会謝絶していた旦那さんが強引に病室へ。姉夫婦と激しい争いをし、そして結局外泊の話は中止となった。その口論も彼女の寝ているベッドの周りで繰り広げられた。
 その時間を過ごす彼女の心境を思うと、胸がつまる。
 
 その口論の後、彼女の意識状態が急激に悪くなってしまった。
 
 翌日、夕方回診に行くといままで以上に意識状態の悪い、つまり昏睡状態の彼女がいた。診察してみると瞳孔不動がでていた。脳幹梗塞、もしくは広範な脳梗塞による脳ヘルニア、どちらにしても、もう数日のうちに生命も危ういことが予想された。
 自分の中で、複雑な言葉にならない感情があるのをその時感じた。
 外泊できていれば。
 なぜ、病と闘う彼女を追い詰めるようなことが起こってしまうのか。

 複雑な気持ちのまま、上級医と相談し明日家族を呼ぶことになった。
 僕は、彼女のベットサイドにクリスマスカードを置いて、その日は立ち去った。

 次の日、徐々に呼吸状態も悪くなっていた。脳幹梗塞により、呼吸中枢に影響が出てきたためだ。舌根が落ちており、呼吸数も不安定になっていた。意識はもちろんない。
 呼吸もいつ止まってもおかしくないような状態だ。
 僕は彼女はきっと愛犬と会いたかったに違いない、その思いを姉夫婦に伝えた。
 病棟の婦長とも相談し、愛犬の面会も目をつぶってもらうようにした。(本来は病院の許可が必要)
 時間がない。
 姉が夫(義理の兄)に連絡し、都内から愛犬を連れてくることになった。(車で1,2時間はかかる)
 心肺蘇生はしないことになっていたが、経鼻エアウェイを入れ気道を確保した。
 これで少しでも保ててくれれば

 愛犬が来る前に、呼吸が止まった。
 それに合わせて心拍数も落ちていく。家族に話をした。
 「このまま何もしなければ、亡くなってしまいます。愛犬が来るまで呼吸をサポートすれば間に合いますがどうしますか?」
 「先生、お願いします」
 アンビューを用意し、すぐに呼吸をサポートする。彼女の肺に酸素が流れ込み膨らむ。
 もはや僕の手の力のみで彼女は命を長らえさせている。
 止まりかけた心臓も復活し心拍数も戻り、顔色も生気を取り戻した。
 約1時間、彼女の呼吸をサポートし続けた。
 汗が自分の顔を滴り落ちる。手は疲れるが、止めるわけにはいかない。

 そして、愛犬の到着。
 バックから飛び出してきたその犬は、彼女の体の上にのり、彼女の顔をなめた。
 彼女に伝えた。「会いたかったでしょう。今、来てくれたよ。わかるかい?」
 彼女に聞こえたのかもしれない。
 確かに、彼女はその時、涙を流した。 そう涙を流したんだ。
 昏睡状態で、どんなに話しかけても全く反応しなかったのに。

 僕は彼女に言った。「よかったね。よかったね。」 
 そして、顔をあげて集まっている家族に言った。
 「もう、彼女は十分に病気と闘ってきたと思います。愛犬がくるまで頑張ったと思います。あとは自然に見守ってあげてください。」
 泣きながら、うなづく家族。
 手を離す。
 その約十分後に彼女は息を引き取った。


 家庭医として勉強する前のことだったが、家庭医として大事なこと、患者さんの背景を知ったうえで、患者さんと家族と一緒にいること、一緒に危機を乗り越えることを経験していたのだと思う。
 このときは、休日だったということもあり時間が取れたが、通常の日であればこんな時間は取れなかったと思う。しかし、いることで、患者さん自身も家族も「よかった」と言える医療になったと思う。
 
 この最後の数時間は
 今も僕の医師としての姿勢に影響を与える経験になっている。

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